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【Q&A 86-4】【Q&A 87-3】選ぶ・選ばれるという発想の愚

気持ち悪いとか気が進まないというのは私が選んでいるわけです。

一方で、選ばれる女になりたいという考えをもつ人もいます。

これぞ、まさに恋愛テンプレ脳の総本山の考え方ですよね。


まるで買い物で一番気に入ったものを買おうとしているのと同じことをしているわけです。


で、よく考えてください。

選ぶという行為がどの段階でなされるかを。


選ぶというのは、複数の中から選んでいますよね?つまり、他にも選択肢があるということです。

さらには、選ぶという行為は、ごくごく初期の選んでいる瞬間にしか使われません。


相手のこともよく分かっていない。

逆に言うと、よく分かっていないから、選んでいるともいえます。つまり、もし、よくわかっていたら、選ぶという行為そのものが実はないんですよ。


わかってないから、分かってないもののうちから選んでいるわけです。

選ぶという言葉にはそういう意味が込められています。
しかも、その結果、どうなるかといった意味合いは含まれません。


しかし、パートナーを「選ぶ」という言葉には、選んだ結果、幸せになれそうという見積もりも含まれています。
実際は、選ぶ行為の結果は一切、含まれないのに。


要するに選んでいる時点で、そこには相手のことがよく分かっていないという意味が込められているんですよ。

それは選ばれる場合も同じです。

婚活サイトやサービスで、結婚相手を決める場合も同じです。


逆の状態を想像してください。相手のことをまるで、親のように、兄弟のように分かっていたら、そして、二人でいることがものすごく心地いいという状態だったら。

彼を「選び」ますかね?


その彼と結婚するかしないかは、互いに結婚できるステータスにあるかどうか、さらには、結婚という関係が二人にとって一番望ましいかどうかの合意があればするでしょう。

でも、それで結婚しなくていいと考える場合もあるのです。

それは別に選んでいるわけではありません。


自然に決まっているんです。

どちらかの意志の問題ではないんですよ。

れんモスベイビーが育つというのはそういう状態です。


そこまでいって、それだけの信頼関係があれば、もう結婚してからのどんな問題にも二人で取り組んで解決できるわけです。