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れんモスは結婚する相手の候補という意味ではない、というか、なくなった

最近、違和感を感じるのは、れんモスが結婚相手の候補のような言葉として使われていることです。

 

たしかに恋愛モンスターVer 1は高機能女子の結婚が目的でしたから、それでもいいのですが、結婚が必然であること。

 

恋愛モンスターをしていれば、そういう相手は自然出来るはずで、でも、それはれんモスの中の一人に過ぎないわけです。

 

仮に20人れんモスがいたとして、そのうち、一人と結婚が決まった場合、結婚相手と結婚に至らなかった外れの19人ではなくて、

結婚相手は、れんモスから外れて、結婚という苦行の相手に降格した一人とか、別室に移動した一人くらいが正解です。


結婚後は、配偶者 vs れんモス軍団の構造に持ち込んで常に魅力を上げ続ける相手にならないといけない点も大事ですから、そういうスペックがあることも大事なポイントですね。


つまり、れんモスとしてどこまで先に行けるか、発展できるかという部分が一番大事なのであって、結婚がありかなしかとかはどうでもいいんですよ。

 

れんモスとして、いけるところまで駆け上がっていけば、どうしても、ずっと一緒にいたい、ずっと一緒にいるともっともっと楽しいことが体験できそうという感覚が自然と生まれてくるからです。


それは結婚して欲しいという押す態度にもならないし、この人と結婚はないという引く態度にもなりません。

 

押されたら引き、引かれたら押す、ぴったりと密着したような運命共同体のような関係性になっていくんですよ。

 

距離感が安定していれば、相手が何を考えているかもわかるようになるし、それこそが本来結婚相手に求めていたことのはずです。