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容姿で態度を変えないことと評価しないことは別もの、むしろ、評価をしていかないと全体像は掴めない

誰に対しても態度を変えないというのは原則です。
それは評価が高かろうが、低かろうが、態度を変えないという意味なので、評価をしないという意味ではありません。

 

比較もするし、評価もします。
それは自分の中での評価もするし、他者から見てどう思われているかの評価もするし、周りの人のその人に対する態度も徹底的にチェックしていきます。

 

それをしないと全体を把握できないからです。

 

その人がいじられキャラなのか、わがまま勝手なキャラなのか、空気を読まないキャラなのか、読みすぎてうじうじするタイプなのか、どの程度ディスり耐性がある人なのか、そういったいろんな事をできるだけ短時間で評価していきます。

 

その評価は正しい必要はありません。

 

むしろ、正しくないことを楽しむためにコミュニケーションをするわけです。

 

こんな人かと思ってたのに実際はこうだったということの連続はまさに互いの理解そのものだからです。

 

つまり、評価に意味はないんですよ。その上でその人が楽しむにはどうしたらいいかなぁと手を打っていくわけです。

それがいつも成功するわけじゃないし、成功しないことの方が多いです。でも、その積み重ねをしていかないことには評価と対策の修練度も上がっていきません。

 


また、態度を変えないといっても、本当にみんなに同じようにしていては、消耗するだけです。
自分自身も楽しさも最大化しないといけないので、だれを大事にするか、どんな人の優先順位を下げるかはメリハリをつける意味でも大事です。

 

たとえ、外見の評価が高い人であっても、処女性が低い態度であれば、優先順位は下げるし、容姿が悪い人でも類まれなる処女性や特徴があれば、どんどん大事にしていきます。

 

で、こんな書き方をすると、「態度を変えない」と、「大事にするしない」って矛盾してませんかとか思うかもしれませんが、してないんですよ。

 

全体に気を使いながら、楽しいところは掘り下げていくみたいなイメージです。
それは、聖女のモデルの女子がやっていたことだし、その後出会った100人に一人くらいいる処女性の超絶高い女子・男子がやっていたことなので、そういう人に出会えるとわかりやすいと思います。