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信用しないと信用はされない、隠したり約束を破るのはやり捨てOKサインになる

れんモスは信頼関係で成り立っているわけですが、信頼されるにはまずはこちらが信頼する必要があります。


とはいえ、知り合ったばかりの時などで相手のこともよくわかっていないときにプライバシーにかかわる質問をされることがあります。


どこの県出身なのくらいまでは良いですが、住んでいる家がどの町のどの辺かとか、働いている会社名とかを最初に打ち明けるのはリスクもあるし、できれば教えたくないと考えもするでしょう。


そういう時に正面から言いたくないとか、秘密~とか、ごまかすように隠すのではなく、言っていい情報ならものすごくあっさりと流す感じで答えたり、場合によっては何々みたいなところと答えてしまいます。


というのは、相手がその情報を得て話を膨らませたいときに困らなければいいわけで、必ずしも正確である必要はないけど、うそやごまかしでないものが望ましいわけです。
大切なのはあっさりと、そして、それは誰に対しても同じ程度に話すことであり、それ自体にはほとんど意味がない質問であるという感じに流せばいいわけです。

 

こういう相手に情報を与えなかったり、ごまかして話を流そうとするのは、自分自身がそうやって人からだまされてきたと思い込んでいる場合がほとんどなんですよね。


もっと直接的に言うと、好きだからと信じてセックスしたのに裏切られたという体験をしていると自分自身がそこを防波堤のつもりで隠したり、ごまかしたりするわけです。
でも、それは自分自身の立場を上にする行為でなくて、逆に下にする行為なんですよね。


私のことをだましたり、モノや気持ちを隠したりしていいですよ。それが二人の間のルールですよと言っているようなものだからです。


セクトラへの動線を切るのはそれが明示化された時と逃げられない状況に追い込まれる前にすればいいだけで、それ以外は信じ切ったふりをするのが相手を一番ほんろうできます。


そして、乗り突っ込みで相手が嘘をついてきたときもそれにそのまま乗るわけです。相手が嘘であることを告白しないと収拾つかないくらいまで。


この人はうそをつかないと思わせられた方が、逆にこちらの思惑通りに相手は動いてくれるんですよ。というのは、相手にとってこちらの未確定情報がないからです。


この人はこうやって動いてくれる、話してくれると思われていれば相手のとる行動の選択肢がかなり狭まるからです。


そして、そのほうが自分自身にとってもかなり楽なんですよ。