昨日の話にも関係しているのですが、恋愛モンスターはセックスを否定しているわけではありません。
なんなら、フリーセックスでもOKなのですが、結局、オスの格問題でオス同士の争いが起こるためやっぱり無理なんですよね。
じゃあ、一夫多妻制ならいいのかというと、女性にもいろんなタイプがいるので、成立する条件はなかなか厳しいものがあるでしょう。
一夫多妻だけを実現したいなら、お金があればできますが、じゃあ、それだけ楽しい体験が出来るかというと、そうでもないわけです。
お金が貰えるから受け入れている女性と、
お金なんかに関係なく、受け入れている女性では一緒にいるときの楽しさが天と地ほども違うからです。
さて、そういう一人一人の女性との関係性において
これは男が思っても、女が思ってもいいのですが、
「セックスしてもいいけど」というステップはれんモスベイビーが育つ上で非常に大事なんですね。
女が思う場合というのは、それなりに恋愛感情に似たもの、もしくは、インスタントラブでもいいから男として認めたみたいな意味合いがあるわけですが、恋愛モンスターの最上級の体験というのはそれを遙かに凌駕した感覚なわけです。
わかりやすい例で言うと、たとえそこでセックスしたとしても、その後、別れていたり、連絡が取れなくなっていると、その体験から幸福感を感じることはできないでしょう。
しかし、れんモスベイビーが育ちきったときの体験は、一つ一つの体験は象徴的なイメージとして記憶に残り、いつでも楽しかった思い出として残り、かつ、積算されていくわけです。つみあがっていくわけです。
しかも、相手が死んでない限り、同様の体験を今後も繰り返すことができることが保証されています。
いや、たとえ死んでいても、相手は心のすぐそばにいるわけです。
そこで大事なのは、ありとあらゆる可能性があるという状態でどこにも行かないときが、期待がピークになっているということです。
なので、セックスしてもいい という可能性すら含みつつも、それを越えるものを手に入れられるのがベイビーが育ちきったときなんですよね。
これには当然インテリジェンスが必要ですが、別に無理をしているわけでもないわけです。そういう世界を見たことがあるのか、ないのかということだけで、出世とか、金持ちになるとか、名誉を得るとかでは得られない幸福感を得ることが出来て、しかも、それ自体は特殊な能力も努力も運もお金も必要なくて、ちょっとした知識を得るための努力だけで誰でも得ることができるわけです。