二村ヒトシの本で、恋人との喧嘩の仕方と仲直りの仕方で、誠実に真摯に「あやまる」ことが必要と書いてあったそうなのですが、負のスパイラルしか生まないのでやめとけというのが今回の話です。
恋人同士でもそうですが、夫婦だと離れられないのでなおさらです。
謝るというのは、相手の主張を認めるということです。
まして、誠実に真摯に謝るというのは、0対10であなたの勝ちですと宣言するようなものです。
ということは、今、怒り狂って、暴力的な態度をとっているあなたは正解ですと言っているのと同じなわけです。
DV・モラハラなら、その危険性はわかると思います。怒れば怒るほど、あなたは正解!とパートナーが言ってくれるわけです。ある意味、承認欲求がどんどん満たされて、それはエスカレートしていきます。と同時に、昨日書いたように、その怒りが実は不適切、つまり、間違いであることも本人は深層心理で自覚しているので、なんでそんなこともわからないのかという怒りがさらに加わって、エスカレートはもっとひどくなります。
と同時に罪悪感もあるので、怒ってないときはよしよしという意味合いもこもって、優しい態度をとったりします。DV・モラハラを受けている方は、安らぎの時というか、安心できる瞬間であり、それがある種報酬効果になって、その怒ってない相手を求めるように、DV・モラハラに対して、さらに謝るの悪循環になるわけです。
ヒステリーの場合はどうでしょうか。
怒っているのはたいてい女性であり、物理的な力関係では男の方が上なので、暴力で降伏されられることはないという余裕から、ついつい謝ってしまう人がいるかもしれません。
世の中の夫婦が、セックスレスだったり、無関心夫婦になるのは、これも原因の一つになります。
ヒステリーのほとんどはなんでこんなこともわからんねん!私はこうなんだから、それに配慮してこうしておけよ、なんでわからんのや!という割と理不尽なことで発動します。
そもそも本当に男側に不備があれば、あぁ、失敗しちゃったね、大丈夫?という心の動きになるはずです。
もちろん、ヒステリーを起こすときに男に落ち度がないわけではありません。ただ女性側がそれを未然に防ぐ手立てがあったと女性が自覚しているときに発動するわけです。
たとえば、男性が交通事故をおこしてしまったときに、女性はそれに対して、怒ったりしませんよね?大丈夫?とか、それを防げるように自分が配慮しておけばよかったという後悔になるはずです。
逆にわかりやすい例でいうと、男性が浮気をしてヒステリーを起こすのは、私がそれを未然に防げるようにコミットできたかもしれないのにそれをしなかった自分がいるからこそ発動します。
だから、いくら誠実に真摯に謝ったとしても、女性側がちゃんとコミットしたり、魅力的でいなかったからだろうという真実に対して、それが正解と言っているようなものなので、女性の怒りはおさまりません。代わりに、そんな状況にならないような無理設定を求めてくるはずです。自分自身ではどうしようもなかったので、外部要因でそれを防ぎたいと考えるからです。
でも、それは結果的に男性側にさらなるストレスを加えることになるので、余計に気持ちが離れたり、他に向くようになるわけで、無関心化を進めるわけです。
謝ってはいけないのはわかりました、では、どうしたらいいのでしょうか?についてクラブで考えていきます。
続きはクラブで