恋愛モンスター

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恋愛モンスターの母親像

グループの中ではちょうど出産ラッシュが過ぎて、まだ1年は経ってませんが、これから産まれてくる子もいるだろうし、今、ちょうどかわいい盛りの子もいるだろうということで、自分の母親像を伝えておきます。

 

自分の母親は、このブログのタイプ分けで言えば、聖母のような人でした。

 

彼女は大学を卒業したあと、お見合い結婚で一度も働かずに家に入りました。

学生の頃は、ファッション好きで同じ洋服の色違いを買ったりするようなお嬢さんでしたが、結婚してからは質素な感じで過ごしています。

 

自分は母がヒステリーを起こしているところを一度も見たことがないんですよね。

頑固もので、融通が利かないめんどい親父なのに、しょうがないしょうがないと怒ることも悪口も言わず、黙々と家族の面倒をみてくれていました。

 

また、彼女は自分に対して、怒ったこともなかったし、間違っているよと彼女の価値観を押し付けてくることもありませんでした。

帰りが遅くて、叱られてることはあります。でも、それは自分のことを心配してとわかっているし、叱ったときは大抵、そのあと、どうしたの~と猫なで声で迫ってくるので、母に優しくされたい気持ちから最初は反発しますが、そんな態度も続かないわけです。

 

小学生低学年のとき自分は鼻が悪かったせいもあり、夜中に苦しくなってか、夜驚症で泣き叫ぶこともよくあったのですが、そのたびにぎゅっと抱きしめてくれていたのを覚えています。

 

夕飯のときは、彼女は食卓には一緒に座るのですが、何も食べないわけです。

ご飯食べないの?と聞くと、作っている間につまみ食いしたから、お母さんは要らないよと言って、自分たちが食べるのをずっとみていました。

 

小学生高学年になると、学校ではおとなしくしていた自分はそのうっぷんを夕飯のときに2時間位ずっと母にしゃべっていたりしたわけです。

ちょっと後になると、なんであんな間違った恥ずかしいこと言ってたんやろうと思うこともあるのですが、母は決して、否定したり、修正したりしませんでした。うんうんといって聞いてくれます。それは大人になってからもずっとそうでした。

 

 

彼女は他人の悪口は決して言いませんでした。自分が誤解されて困っているといったことくらいです。誰にでも、優しく対応し、私が私がと自分を出すことはありません。

 

好きな彼とデートとかもしたことがなかっただろうからと、彼女の夢を叶えるつもりで、大学生になってからは彼女がしていたテニスをすることで一緒にテニスに行って、好きな男の子とのデート気分を味わってもらおうとしていました。

 

そのあと、カメラ、古事記、古式神社、出版、自力整体と次々にいろんなことに挑戦していました。

 

 

大人になってから、どんなときも、苦しいときも失敗したときも、最後の最後で決して自信をなくさなかったのは彼女のおかげです。絶対に自分のことを信じてくれる存在があることが自分の可能性を信じきれる源になっていました。

 

すると、私にはそんな家族はいない、毒親に苦しめられてきただけだから私はダメだと言う人もいるわけですが、自分は母に愛されたように他人を愛するし、愛することで幸福感を感じることができます。自分が好かれているかどうかとかはどうでもいいんです。

 

何があっても、自分だけは愛し抜く。それだけでいいわけです。

それなら、毒親だろうが、なんだろうが、関係ないわけです。

この辺のロジックがわかりにくいでしょうから、別に書いてみます。