ほとんどのプロポーズは男性から提供されること。
セックスでも物理的なものの移動は男性から女性に向かいます。
動物でもメスの気を惹くためにオスがパフォーマンスしたり、綺麗な模様を見せたりします。
男が女の優しさにそこまでこだわっていないのに対して、女は男の優しさで男の良さを判断しようとします。
そこでの優しさのほとんどは、「私だけ」にしてくれたという独占欲と所有感を満たしてくれるようなもののことがほとんどなのですが。
恋愛テンプレ脳の女性はこのように、相手のルックスも含めて受け取ったものから相手の男性を値踏みして付き合ったり、結婚したりします。
そして、結婚した後も、家事をどれだけ手伝ってくれたかとか、部長の嫁など夫の出世による自分自身の女性社会でのステータスばかりに期待して、それらが得られなかったら友達や家族に夫のことをディスりまくったりしているわけです。
この受け身の姿勢と与えられたものだけで評価する姿勢が恋愛テンプレ脳なんですね。
根本的に何が幸せを作るかを全く理解していないわけです。
幸せは与えられたもので作られると思い込んでいるわけです。
それは世の中のマンガや小説、ドラマや映画などの物語が与えられたもので、幸せが描かれ続けているからです。
そういった中で、相手にこうあって欲しいという理想像が勝手に作られて、理想通りじゃないから好きになれないとか、
ここがダメ、あそこがダメとダメだしやディスリばかりいれるわけです。自分の姿もかえりみずね。
人は移ろい変わりゆくものです。理想的だった人がそうじゃなくなることもあるし、逆にかっこわるかった人が出世して立派になることもあります。
あれが好きだったのに飽きて好きでなくなったり、好きじゃなかったものにはまっていたり。
そのときそのときで人は変わっていくわけです。
人を愛するということは、その人がその人らしくあることを最大限サポートすることです。
だから、その人が興味を持っていることに耳を傾け、一緒に楽しめそうなら楽しむ。楽しめなさそうだったら、せめてその人がそれを全力で楽しめるように配慮する。
そういうことをお互いにサポートし合うことで、もっともっと楽しい体験を二人が重ねていくわけです。
それはまさにれんモスベイビーが育つ過程もそうですし、結婚した後も同じです。
私と関わることで、今以上に人生楽しませてあげるよ。
それが愛することであり、自分自身が最大限の愛情を受け取る方法なんですよ。