
今日はちょっと小難しい話を準備なしで考えていきます。
まず、最初に、私は周りにこう思われてるから、もしくは、これこれ思われそうだからそれはしない系のしない言い訳思考があります。質問はありますかで、誰も質問しないとか。自分はこっちだと思うけど、みんながそっちに行くから自分もそっちに行くも同じです。
この思考パターンは女性に多いのも知られています。
狩りなら、逆張りが成功することもあるけど、村の中が一番安全なのに、ふらっと1人で外に行くとかの方が明らかにリスクがあるからです。
さて、認知というのは、五感に入ってきた情報を統合して、その価値や危険度を短期で判断して、記憶する価値があるもの、他と差分が大きいものが海馬から前頭葉に送られて記憶されます。
繰り返し記憶されたもの、感情の高まりを伴う差分が大きかったものが長期記憶されやすいです。
この認知と記憶だけなら、統合されたパッケージをある意味、jpegのように無駄を省いて圧縮すれば、もしくは、そのネットワークを維持しながら、保存されるシステムと考えると比較的シンプルな構造にも思えます。あとはそれの出し入れする場が意識であるという推論からアプローチすれば、意識の本態にも近づけそうです。RAMのように今動いている場が意識だろうと筋道を立てられるわけです。
さて、そこで周りにこう思われている、もしくは、こう思われていそうとは何でしょうか?
これは五感で感じた情報ではないです。いわば、妄想でしかありません。
しかし、自分を客観視した時の自己評価と考えると、脳内で自分が何に対してどう対処し、しゃべったかの情報が再現され、それに対する客観的な評価がそれで、メタ認識と表現されます。
夢の記憶とか、想像していたものの記憶はあるので、おそらく意識内だけの情報やイメージや擬似体験も同じ記憶機構にセットされると考えるのが妥当でしょう。想像上の体験や見え方を保存する仕組みがあるということです。それが実体験記憶と同じシステムを使っているかどうかはわかりません。
しかし、自分を他人がどう見ているかのメタ認識は、羞恥心、意思決定機構とも関係しているので、分けて保存されている可能性の方が高いです。例えば、困っている人を助ける時、自分はそういう人を助けるような人だと、自己認識、つまり、メタ認知していれば、もしくは、そう思われているとメタ認識していれば、助けるでしょう。
自分はどういう人かという意味合いセットが恐らく判断機構のすぐ近くにありそうということです。
さらに自分がどう見られるかも別にあって、その二つの比較が、行動をドライブしていると考えるとしっくり来ます。つまり、ここで人助けをする優しい人だと思われるというメタ認識と、自分が優しい人だと思われたい、もしくは思いたい人だというメタ認知が比較され、それに合目的性がありそうなら、助ける行動をとるといった仕組みです。
そう考えると、メタ認知とメタ認識は差分が取れる形で保存されているのが効率良さそうということです。
恋愛モンスターがしているのは、自己イメージの拡張です。つまり、メタ認知の拡張になります。
自分はこういう人だというメタ認知の拡張です。それを行動とその結果によって塗り替えていきます。その時、他人からどうこう思われるというメタ認識との比較は一回お休みさせておかないと行けません。なぜなら、自分がどんどん変わっていくからです。
恋愛モンスターをするとき、他人の目を気にしている時点で、それが出来ていないという言い方もできますよということです。