Miletはデビューした年のサマソニのオープニングステージで観て、先日、単独ライブを観て思わず、ファンクラブに入ってしまったのですが、彼女から学べることについて少し書いてみます。
その年のサマソニ会場では大ビジョンでの宣伝でMiletが頻繁に流れていました。SONYが猛プッシュしているのは、その後、リリースしたほぼすべての曲に何らかのタイアップがついていたことからも明らかです。
それに関して批判している人もいますが、それは彼女のライブを観ていないからなんですよね。ライブを見れば、何があっても、この子を売っていかないといけないとSONYのみんなが感じた理由がわかると思います。
さて、そのサマソニの時に感じたのは、威風堂々とした新人とは思えない落ち着いたパフォーマンスとともに、あれっ、日本人じゃないのかな?中国人とのハーフ??といった違和感でした。中国人っぽいイントネーションではないので、中国人ではないかもしれませんが、少なくとも、ずっと日本に住んでいたわけではないのだろうくらいの日本語なわけです。
それでいて、難解な日本語の比喩表現もたまに使うので、それなりに日本で暮らしていたことはわかります。
しかし、その少し不自由な日本語というのは、実は逆に作用するんですね。
客のみんなは、彼女の言いたいことを少しでも汲み取ろうとしっかりMCを聞いて、それでいてそれが伝わったときの拍手の熱量がものすごいわけです。
これはアメリカにいたときに自分も感じていたことですが、自分も英語は下手なわけです。
同僚の韓国人や中国人がそれなりに上手な英語を喋っている中、自分はそこまで上手じゃなくて、上手くコミュニケーションも取れないわけです。仕事の話ならほぼ十分にできますが、雑談になって、しかも、アメリカ人同士が盛り上がっているとほぼ何を言っているのかわかりません。
そんな自分ですが、仲良くしてくれた同性のフランス人とアメリカ人がいて、別に深い精神論を語り合ったわけでもないのに、自分や彼がアメリカを離れる時、お互い涙が溢れそうになりながら、ハグをして別れたことがあります。そこにあるのは、信頼関係です。もちろん、こちらは脳天気に相手を信じるキャラなので、あとはこの英語が下手な日本人を彼らがどれくらい信じてくれるかにかかっているのですが、一度、そこに信頼関係ができれば、お互いが困っていたら助けるという強い関係性が生まれるわけです。
それと同じことがMiletのステージでも起こっていたわけです。
それは言葉が十分伝わらないからこそ、ボディランゲージやその他の部分で相手に伝えたい、伝えないといけないというモチベーションが起こるという現象です。
その背景になるのは、精一杯足りない言葉で伝えようという姿勢ともう一つの要件があります。
それについてクラブで説明していきます。
続きはクラブで