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恋心と欲しいものが手に入るとはどういうことか

私たちは毎日、欲しいものを手に入れるを繰り返しています。食べ物もそうだし、洋服や化粧品、大きいものだと車とかでしょうか。

欲しいけど、手に入らないというと、値段が高すぎて手に入らないとか、限定品で数が限られているから手に入らないとかでしょうか。


恋心も結局は、それらの感情に近い、独占欲、相手を手に入れたいがどうしても混じってきます。

欲しいものを手に入れるという小さい体験を繰り返しているが故に、その成功体験の延長線上として、大物だけど手に入れたいと感じるわけです。


それは、付き合うという言葉に対するイエスだったり、セックスすることだったり、プロポーズにイエスと言って貰うことだったりするわけですが、私たちが手に入ったものに手に入れる前ほどの熱い気持ちを持っていないのと同様に、手に入っていないと感じるからこその気持ちという部分もあるわけです。

そういった手に入ったと感じて気持ちが冷めてくる状態に対して、おもりやりがないとか、大事にして貰ってないとか、付き合う前の方が優しかったとか、そういったヒステリーの言葉にもつながっていくわけです。


そもそも人と物は違うんだという部分の認識ができていないんですよね。

たとえば、同性の親友みたいな人のことを考えてください。

学生の時の友達なら、就職して、結婚してとかをしているうちに引っ越しでもうほとんど会えない状態になることはよくあります。

でも、会えるチャンスがあったら、嬉しいし楽しいですよね?

その二人の関係は一度手に入れたら、なくなることはありません。とくにそのつながりが強ければ強いほど久しぶりに出会ったときの落ち着いた感じは格別なものです。

例えどんなに違う人生を歩んでいたとしてもね。

人の関係において、手に入るとはその感覚なんですよね。


ものと違って、人の場合はそばにいなくても別にいいんですよ。

手に入らなかったというのは、そういう関係になれなかったということです。


そして、付き合うことは別れることであり、結婚する事は離婚するチャンスを得ることであるため、前者はそういう関係になれなかったということであり、後者は離婚しても二人の関係は変わらないという心持ちでないと結局、いつまで経っても一番安定な状態にはなりません。


相手を手に入れるという軸をちゃんとそこに持ってきていれば、今、どの段階かわかるはずであり、付き合っている場合はどちらかというとすでにマイナスなことも多々あります。


付き合ってくださいと言うとき、ほとんどの場合、相手のことはよくわかっていません。だからこそ、つきあってみないとわからないという言葉が平気で出てくるわけです。

別れたら、もう会えないという意味で、それはまさにいきなりマイナスにポジションを置くようなものなのです。

相手が手に入るというのは、まさにれんモスベイビーが育っていく過程そのものなんですよ。

恋をして欲しいと思ったときに本来、取るべき道すじはそっちなんです。それが欲しいものを手に入れるということなんですよ。