単独親権のみを認めている国は今となってはインドとトルコだけになっています。
子供を自分の所有物として、売買しやすいようにという見方もあるようですが、日本で実際にそのようなことはないわけです。
母親と子供だけの場合に起こりえる問題点は、
一つは母親にとって、その子たちが唯一の拠り所となって、過干渉になってしまう場合、
もう一つは逆に母親が自分の生活、主に性生活のために子供を放置してしまう場合でしょう。
父親と子供だけだとある程度大きくないとそもそも育て方もわからないし、育てる余裕もないので、実家の親に頼りがちです。
で、子供にとっての問題は子供の頃の大人の価値観が1人の親からしか与えられないことです。
結果、それに従うか、反発するかの二択になりがちです。反発しないまでも、他の道を選ぶことが多いでしょう。それはある意味、早めに一人で自立しないといけない状況になるからというのもあります。家を継ぐ、家業を継ぐという選択肢がないことの裏返しとも言えます。
今回、日本も共同親権になって、基本的に子供の奪い合いのようなことは無くなったわけです。DV夫に関しては例外で、でも、その認定が難しいという問題もありますが、父親には本来、オスの攻撃性の中と外でのグラデーションをリアルに感じさせるという役割もあるわけです。
それは良くも悪くも、あれもあるし、これもあるしで、じゃあ、自分はどの立ち位置なんだという情操教育の機会になるからです。その意味で、子供にとって頼れる大人が複数いる状態が大事なわけです。
それは、部活や運動サークルの指導者でもいいし、ボーイスカウトの団長でもいいし、塾の先生でもいいし、もちろん、祖父母でもいいわけです。でも、そうやって、いろんな大人にサポート受けて、本人もガールズバーで働いた経験があって、コミュニケーション能力もバカ高い子もいますが、父親の不在が、それに対する憎しみと憧れで、結果、自身が父性を持つような形で表出してくるわけです。この父性が、パパ活とか、早すぎる結婚にならないようにサポートすることが大事になってくるでしょう。
そのとき、たとえ、遠くにいるのでもあっても、父親がいると、夫婦円満、幸せな家族もあり得たという可能性を持たせられるし、それは一人一人の選択の問題であり、今、自分が何を選択するべきなのかの指針になり得るわけですが、それが叶わないとなるなら、それに代わるような父親のような存在が望まれます。